25セント銀貨。

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25セント銀貨。

二十数年前、バンドをやっていたボクは国際通りでアクセサリー売りをしていた。
銀メッキのペンダントやZippoライターにリューターと呼ばれる切削工具を使用して
名前を入れたり、真鍮線や革ひもを使ってアクセサリーをつくったり……。
当時の国際通りは、とても華やいでいた。
服屋の店員、マヌカン、ディスコ、クラブの黒服、ヘアスタイリスト、
サーファー、DJ、ロッカーetc……。
その道で秀でている人は、そのファッションスタイルを見てすぐにわかった。
そして、それぞれに尖っていた。
たくさん友達もできた。
そのときに肌で感じたことがある。
「面白いことは、ストリートにころがっている」
ボクの情報発信の原点だ。
テレビやラジオや雑誌で流れない面白い情報。

「面白いことは、ストリートにころがっている」。

ちなみに、7月に火の玉ホールが20周年を迎える。
キーチさん、おめでとうございます!!
パーティー詳細情報は後日掲載予定。
オープン当時は、久茂地川沿いの地下にあった。
火の玉にいくときには、いつもかなり酔っぱらっていたな。
ご迷惑をおかけしました(平謝)。

アクセサリーの露天商は、天気にとても左右される。
だから、天気に敏感になった。
「15分後に雨が降る」くらいわかったもんね。
ボクらがアクセサリーをかたずけはじめると、
向いのバッグ屋さんもそれを見て、商品にビニールシートをかけると言った具合(笑)。

で、上の写真。
25セント銀貨をくりぬいたチョーカー。
ジョージワシントンさますいません。

現在のデザインの原型は1932年、ジョン・フラナガンがデザインしたもの。
1964年までは、素材に銀が使用されていた。
65年からは、銅91.67%、ニッケル8.33%で鋳造されている。(Wikiより)
俗にいうサンドイッチだ。
ボクの生まれ年の、この25セント銀貨はちょっとした宝物。
25セント銀貨。

先日の山田美加子さんのパーティーのときに
「そういえば」と思い出した。チョーカーの長さが気に入らなかったので
久しぶりにペンチを取り出し、カッティング。長さ調整成功、パーティー・デビュー。

先日、このアクセサリー時代のお世話になった大先輩から
いきなり電話があった。
「誕生日おめでとう」。とてもうれしかった。
その方もまたバンド時代、とても応援してくれた大人のひとり。
「縁」。大切にしてきたい。

25セント銀貨。
今日の珈琲は、いつものブレンドをノーマン・ロックウェルのマグカップで。

さて、ちょっとモードを変えてまだまだ更新いきま〜す。


タグ :沖縄コラム

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この記事へのコメント
生まれ年の25セン、お宝ですね ♬

僕も一昨日、頂きものをしました。
あんてぃーく・ラジオ。
変酋長より2年先輩です。
上のURLに画像あります♪
これもお宝かな?
Posted by Kenny at 2009年06月25日 09:27
素敵なアクセサリーですね。
沖縄って、どこでどの縁が繋がるか分からないから、
面白いなと思うのと同時に、
ひとつひとつの縁を大切にするっていう大切な姿勢を
再認識させられる気がします。

今後ともひとつよろしくです。
Posted by tong at 2009年06月25日 09:36
→Kennyさま。そうですね25セント銀貨はお守りみたいなもんです。ラヂオ見ましたよ〜。ラヂオのフェイスがアメ車サンダーバードのテールですね。ハヂチラーズ的には、ナンダーバード? 的なツッコミか?

→tongさま。「縁〜えにし〜」大切にしたいですね。だから、ひとつひとつの業を心を込めてやっていきたいですね。20代〜30代のころは、そういうものが見えていなかったように思います。素直に反省しながら前進です。
Posted by CodaCoda at 2009年06月26日 16:21
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